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11歳から88歳まで、境内に歓喜の歌
 川越で2年ぶり第10回「第九の夕べ in 喜多院」
        2015年10月04
小雨がぱらつく中、2年ぶりに開かれた第10回「第九の夕べ in 喜多院」で、11歳から88歳まで259人が合唱
小雨がぱらつく中、2年ぶりに開かれた第10回「第九の夕べ in 喜多院」で、11歳から88歳まで259人が合唱

「第九の夕べ in 喜多院」を指揮する宮寺勇さん
「第九の夕べ in 喜多院」を指揮する宮寺勇さん
市内外の670人が秋の夜の音楽会
 自分たちの生まれ育ったまち・川越小仙波でベートーベンの「第九」音楽会を開きたい──
 そんな地域住民らの願いを形にした第10回「第九の夕べ in 喜多院」が、4日午後6時から小仙波町の古刹・喜多院(塩入秀智住職)境内で開かれ、市内外から訪れた約670人(主催者調べ)が秋の夜の手作り音楽会を楽しみました。

昨年は台風で中止、2年ぶりの開催
 音楽会は、市民有志グループ「喜多院で第九を歌う会」(朝日明代表幹事・約50人)が主催。川越市や市教委などが後援して毎年この時期に行われていますが、昨年は台風18号の接近により残念ながら中止。
 今回は2年ぶり、ときおり小雨がぱらつく中での開催となりました。

小5から88歳まで市民259人が合唱
小野澤康弘・事務局長
小野澤康弘・事務局長
塩入秀智・喜多院住職
塩入秀智・喜多院住職
 合唱のメンバーは毎年入れ替わり、この日、本堂前の階段を舞台に歌ったのは、市内外から応募した合唱好きな一般市民259人(男性54人・女性205人)。
 小学5年の女の子から88歳の男性まで、年齢や職業もさまざま。遠くは山梨県の富士河口湖町や、栃木県小山市からの参加者も。
 4月から歌唱パート毎に集まって月2回の練習を重ね、9月からは全パートが一緒の合同練習を3回行って完成度を高めてきました。

「ボランティアの努力や支援で成立」
 開演に先立ち、主催者を代表して小野澤康弘事務局長が「この音楽会は、すべてがボランティアで成り立っている会。20数年前に夢を抱いてから、これまで多くの人たちのご支援・ご努力によって第10回の開催を迎えることができました」などと挨拶。
 喜多院の塩入住職が「人々の幸せを願うのが宗教の主目的。どうか秋の一夜を楽しんでいただき、素晴らしいひとときをお過ごしください」などと話しました。

ソプラノの金持亜実さん
ソプラノの金持亜実さん
アルトの神谷咲貴さん
アルトの神谷咲貴さん
テノールの田口昌範さん
テノールの田口昌範さん
バリトンの原田圭さん
バリトンの原田圭さん
川越出身の宮寺勇さんが指導・指揮
 本番で指揮を務めたのは、会が発足して以来、音楽総監督として指導してきた川越市出身で埼玉中央フィルの常任指揮者・宮寺勇さん。
 今回はソリストとして金持亜実さん(ソプラノ)・神谷咲貴さん(アルト)・田口昌範さん(テノール)・原田圭さん(バリトン)が出演。内海源太さんと川島容子さんが、オーケストラパートをエレクトーンで演奏しました。

ソリスト独唱や第一小児童の合唱も
 第九の演奏に先立ち、ソリスト4人が「小さい秋見つけた」「もみじ」「まっかな秋」「里の秋」など、それぞれ秋にちなんだ名曲を独唱。
 続いて、川越第一小(金子正樹校長)の1年から6年生47人が合唱。市内に住む柿沼宏さん作詞・小峯晶子さん作曲の「五百羅漢さま」を歌ったほか、「赤いやねの家」など3曲で元気な歌声を披露しました。


最後には会場の1000人が大合唱
 午後7時ごろからは「第九」の第4楽章「歓喜の歌」が上演され、ソリストの独唱や半年間磨きを掛けた市民らの歌声が観客を魅了しました。
 最後には宮寺さんの指揮で、観客全員もソリストや合唱団らと会場全体で「よろこびの歌」と「ふるさと」を合唱。1,000人近い歌声が境内に響き渡っていました。

エレクトーン2台で第九を演奏する内海源太さん(左)と川島容子さん
エレクトーン2台で第九を演奏する内海源太さん(左)と川島容子さん
「市民の力で音楽会、素晴らしい」
 この日、6歳の女の子と8歳の男の子を連れて上尾市から来たという齊藤さん夫妻は「インターネットのニュースを見て、初めて聞きに来ました。市民が力を合わせてこんな音楽会が開けるなんて素晴らしいと思います」などと話していました。
 また、東京・町田市から来たという井ノ本さん夫妻は「知り合いから誘われて来たんですが、これほど本格的とは思いませんでした。感激しました」などと話していました。

(写真は小仙波町の喜多院本堂前で)
川越第一小の児童47人も本堂前のステージに立って堂々と合唱を披露
川越第一小の児童47人も本堂前のステージに立って堂々と合唱を披露
最後は宮寺勇さん(右中央)の指揮で、観客全員もソリストら(右)と一緒に「よろこびの歌」や「ふるさと」を合唱
最後は宮寺勇さん(右中央)の指揮で、観客全員もソリストら(右)と一緒に「よろこびの歌」や「ふるさと」を合唱

コンサート開催までの歩み
 コンサートのきっかけは、21年ほど前に同会の事務局長を務める小野澤康弘さんら有志15人がサークルとして活動していた「お父さんコーラス」が発端。当時サークルを指導していた宮寺勇さんらと「いつか皆で第九のコンサートがやりたい」と夢を語り合っていた。
 「第九の夕べ in 喜多院」が具体化したのは9年前、朝日明さんら川越青年会議所OB有志で組織する「未来クラブ」(田中和夫会長・約60人)の例会として開催。
 その後、喜多院の地元・小仙波町で生まれたメンバーらが中心となり、「地域の芸術文化の向上のため、せっかく実現した第九の夕べを続けよう」と地域の有志を中心とした「喜多院で第九を歌う会」が結成。
 3回目以降は自治会や地元の人らの理解も年々深まり、今では会場の設営や受付・駐車場の整理や会場の警備など、ボランティアで協力。椅子などは川越第一小が提供するなど、まさに「地域の思いが結実した音楽会」に。
 朝日実行委員長は「喜多院は小仙波町の象徴。1丁目から5丁目までの自治会長が実行委員となり、まち全体で盛り上げてくれている。皆の力が合わさり、この森で歌えることが『喜びの歌』です」と話す。

 
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