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南京大虐殺や毒ガスの惨劇など記録
 村瀬守保さんの写真展始まる
      2015年08月11日〜23日
初日から大勢の人らが訪れる村瀬守保さんの写真展会場
初日から大勢の人らが訪れる村瀬守保さんの写真展会場

平和願う一兵士が残したもの
 戦後70年を迎えるこの夏、戦争の悲惨さを今に伝える写真展「平和をねがう一兵士が残したもの」が11日午後1時から郭町の川越市立美術館市民ギャラリーで始まりました。23日(日)まで。展示は午前9時から午後5時まで(最終日は午後3時まで)。入場無料。

戦争の犠牲となった人の亡骸が心を揺さぶる
戦争の犠牲となった人の亡骸が心を揺さぶる
戦友の記念写真に混じり戦禍も記録
村瀬守保さん
村瀬守保さん
 展示されているのは1937(昭和12)年から3年間、中国に出征した自動車中隊(輸送部隊)にトラック運転手として従軍した村瀬守保さん(1909ー1988)が、軍務の合間に趣味で撮りためた写真。
 仲間の元気な様子などを撮影し、それぞれ国元の家族へ送ってよろこばれていました。
 そんな中にも戦地の様子を写した生々しい写真があり、南京大虐殺直後に無数の亡骸が投じられた揚子江の川岸に打ち上げられている場面や、日本軍の毒ガス兵器の犠牲となった人たちの骨の山など、見た人を身震いさせるような写真も残されていました。

友人同士で作品をめぐり立ち止まって談義
友人同士で作品をめぐり立ち止まって談義
ネガ1000枚の保存依頼がきっかけ
 写真展は川越市の提案型協働事業として、市民グループの「村瀬守保写真展実行委員会」(木下専太郎会長・44人)が主催。
 市と市教委、日本ペンクラブ、小江戸新聞社が後援しています。
 写真展のきっかけは3年前、同会の事務局長を務める日本ペンクラブ作家の平松伴子さん(大塚新町)の夫で、日本中国友好協会埼玉支部の事務局長を務める平松辰雄さんが、村瀬さんの遺族から撮りためたネガの保存を依頼されたことに始まります。
 村瀬さんは川越市に居を構え、アルプス産業(株)や埼玉設備工業(株)の社長などを歴任。これまでに写真集も出版していました。

子ども連れのお年寄りや主婦らも訪れ
子ども連れのお年寄りや主婦らも訪れ
私費投じネガをデジタルデータ化
 平松さんが預かったネガは保存状態が良く、カビひとつなかったといい、このまま預かっても状態が悪くなるのではと、夫人の伴子さんが私費を投じ全てのネガ約1,000枚をデジタルデータ化。
 兵士の笑顔などの写真に混じって悲惨な戦地の様子を記録した貴重なカットが含まれていることに気付き、市民や若者・子どもたちに見てもらい、平和について考える機会にしてもらえればと、有志が集まって写真展を企画。
 昨年7月、平松さん宅にホームステイしていた中国人交換留学生が川合善明市長を表敬訪問した際に話題に上り、市長も「ぜひ写真を見たい」などと関心を示していたといいます。

天井まで届く大脚立に乗り、慣れない手つきで写真パネルを展示する実行院会のメンバーら
天井まで届く大脚立に乗り、慣れない手つきで写真パネルを展示する実行院会のメンバーら
メンバーらが午前中にパネル展示
 今回展示されているのは、大判写真のほか複数の写真をまとめたパネルなど44点。
 「あまりにもむごたらしいカットなどは、残念ながら展示を見合わせた」そうですが、それでも戦争の犠牲となった民間人が死屍累々と横たわるカットなど、入場者の多くが思わず足を止めて見入っていました。
 初日の11日は、午前9時すぎからメンバーや友人ら約30人が展示会場を準備。参加者の多くが高齢なうえ、展示作業も素人。天井まで届くような大きな脚立を慣れない手つきで使いながら、入場者が見やすいように次々とパネルを展示していきました。

「悲惨な光景に身が固くなる感覚」
 初日は午後からの開場にもかかわらず、親子連れから若者・高齢の夫妻など幅広い年齢層の人ら100人が入場。誰もが、作品一つひとつを熱心に見入っていました。
 六軒町から来たという小林さん夫妻は「自分たちは戦争を直接知りませんが、悲惨な光景を記録した写真の数々に身が固くなるような感覚を覚えました」などと話していました。
 また、立教大で教育概論を教えているという高橋さんは「教育者一人ひとりの理念がしっかりしていないと、国全体が悲惨な方向へ導かれてしまう怖さを、写真を見てあらためて痛感した。将来教職に就く学生らに、しっかり指導していかなければ」などと話していました。

(写真は郭町の川越市立美術館で)
幅広い年齢層の入場者が作品一つひとつに見入り、しばし熟考
幅広い年齢層の入場者が作品一つひとつに見入り、しばし熟考
 
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